日に日に余裕が無くなっていくのがわかる。 必要なとき以外は極端に無表情になったり、ぼーっとしていたり。 言語も進め方も違う授業は真剣に受けなければ意味が理解できないし、もちろん目当てのテニスも気を抜くことなんてできない。 さすがの跡部と言えど緊張の連続の毎日に、疲労の色が濃くなっていく。 そうしてあっという間に半月が過ぎた。 日曜の朝。 やはり早々に目が覚めてしまった跡部は、ぼんやりと天井を眺めていた。 前のように夢に悩むことは少なくなったが、代わりに日本の、氷帝学園テニス部として過ごしていたのがずいぶん昔のことのように薄れて来てしまっているのを感じていた。 最近は電話もしていない。 部活が忙しいのか、向こうからかかってくることも少なくなった。 これで良い、とも思う。 どうせ後半月すれば、また日本での騒々しい生活に戻るのだ。 今はこっちでの生活に全力を注いでいればいいだろう。 寂しいなんて、言っている余裕はない。 ふたたびうとうとと微睡み始めたときだった。 ビィーーーーーー。 耳障りなブザー音が響く。日本より建物が広く作られるせいか、ドアベルの音はやたらとうるさい。 そういえばそろそろ日本から荷物が届く頃だったか? 慌てて起きだし、着替えるのはあきらめて髪だけ撫で付ける。 ビィーーーーーー。 大音量のブザーに眉をひそめながら、鍵を開ける。 ドアは不用意に開けるな、との忠告を守って、チェーンをつけたままでドアを開けた。 いつものように「Bonjour,monsieur.」と声が掛かるかと思っていたのに、聞こえて来たのは 「あー、よかった。ほんまフランス人出て来たらどないしよ思たわ。」 聞きなれた−−−けれども聞きたいと思っていた声だった。 「な……!?」 「や。来てもうたわ♪」 「お…忍足!?お前どうしてここに………」 「なんでって……薄情やなぁ。会いたかったからに決まっとるやんか。」 ぱたん。カチャ。 思わずドアを閉める。 …………これは夢?でなければ都合のいい幻を見ているのか? いつものようににこやかに手を振る忍足を、見たような気がするが。 ここはフランスだぞ!? ビィーーーーーー。 またブザーが鳴り響く。 深呼吸を一つして、チェーンを外した。 ガチャ… ゆっくりとドアを開く。 「酷いわ跡部ー!せっかくここまで来たのに虐めんといてやー……」 確かめるのが怖くて、下を向いたままでいた。 「跡部?」 開けたドアはそのままに、踵を返す。 「ちょ……上がるで?」 後ろの方で慌てたような声。 「なぁどないしたん?跡…………」 泣きそうな顔を、していたかもしれない。 寝室まで戻って振り返ると………少し困惑した顔の忍足がいた。 「…………忍足?」 まだ信じられなくて呼び掛ける。 「忍足、なのか?」 本当に? 忍足はふっ、と微笑んで距離を縮める。 「そうやで……。」 ゆっくりと引き寄せられて。 「俺や。…………まだ信じられへんか?」 ぎゅうっと抱き締められる。 「………っ」 その暖かさに、ゆっくりと力が抜けていった。 「あーもぅ。この感触久しぶりやわ〜〜」 さらに頬をすり寄せられる。 「いくら1ヶ月やからって本当に行ったっきりやし。もぅ寂しくて死にそうやった。」 調子に乗って腰に手が回される。 ……………間違いないな。 「なるほど……確かに忍足のようだな。」 わざと不機嫌な声を出す。 どんなふうに対応したら良いのか、わからなくなってしまった。 「…………怒ってるんか?」 抱き締めたままで忍足が問う。 「………………来ぇへん方が………良かった?」 茶化さない、真摯な問い。 胸の奥がぎゅっと掴まれたように痛んだ。 胸にすりついて甘えるように、首を振る。 またぎゅうっと抱き締められた。 「会いたかったで。」 俺もだ、と出かかった言葉が、言えない。 うなずいて、抱き締められるまま体を預ける。 会いたかった。 離れてみたいと思っていたのに。 いざ離れると、会いたいときに会えないのがこんなに辛かったとは。 次に会ったら言ってやろうと思っていた文句や不満が、なぜか出て来ない。 こうしていられるだけでいい。そう思った。 「なんか…えらい素直やなぁ。」 「…………。」 ひとしきり抱き締めた後、忍足がぽつりと言った。 「ま、こんな跡部も可愛くてええんやけどな。」 と、言いながら、跡部の足を抱え上げる。 「!?何を……?」 当然のように下ろされたのは、ベッドの上。 「えー?だってなぁ……。」 くすくすと小さく笑いながら、上機嫌で忍足もベッドの上へ上がってくる。 「せっかく2週間ぶりに会うたわけやし。目の前にベッドあるし。」 「だからって……まだ朝だろうが!」 「日本だと夜中や。俺まだ時差ボケ中やから。」 「あのなぁ!」 「…………跡部は嫌なん?」 「…………!」 言えるかーーー!と心の中で力一杯叫んでみる。 …………きっともうバレているのだろう。本気で嫌がってはいないこと。 「な?」 確信犯の笑みで返される。 素直に頷くのは何だか悔しくて、近づいてきたその顔に無言で手を伸ばす。 「跡部?」 わざと手荒く忍足の眼鏡を外してしまうと、ガシャッと音がするほどの勢いでサイドテーブルの上へ放り投げた。 「うわっ…壊れたら困るやろ?」 「どうせ伊達眼鏡だろうが。」 「酷いなぁ…俺のチャームポイントやのに。」 そう言うほど気にしていないような顔で眼鏡の方を一瞥すると、そのまま跡部に顔を寄せる。 落ちかかる長い前髪をはらうのももどかしく、跡部は自分から忍足を引き寄せると、 長い長いキスをした。 |
甘いです…砂吐き注意。……というつもりで書いたのですが、読み直したらそれほどでも…?orzただ、こういう微妙ないちゃいちゃは楽しいです。忍足はノリが軽いので書きやすいのかも…。 |