*** それが昨日のことである。 「宍戸さんは…俺と向日先輩どっちが好き?」 いきなり投げつけられた一言に、宍戸はただ目を丸くした。 「はぁ?」 ポッドはガクンと傾き、暗闇の中をするすると上昇していく。 「なんだよそれ…」 宍戸は大きくため息をつくと、長太郎のほうに顔を向けた。 「どうしたらそんな質問になるんだ?」 「だって…」 薄闇で、長太郎の顔は良く見えない。 声色だけが、不満げで、少し悲しそうな響きを伝える。 「前に俺が遊園地行きませんかって誘った時は、断ったじゃないですか。でも昨日は…」 「お前もしかして、ずっとそれで機嫌悪かったのかよ…」 思わず天を仰ぎ、人工の流星雨を目で追う。 「あの時とは、条件が違うだろ。」 それは確か、夏休みの終わり頃だったか。 学力テストの前だった気がするな。 宍戸が思い出している間、長太郎はなおも言葉を続ける。 「そりゃぁ、宍戸さんにとってはそうかもしれませんけど…でも俺は、宍戸さんが1番なんです。宍戸さんと一緒に行けるなら、同じかなって思おうとしたけど、でも…」 軽いカーブや坂に差し掛かり、ポッドが揺れるたびに途切れ途切れになる言葉。 あざ笑うように飛び回るモンスターも、きらめく妖精も、もはや二人の視界には入っていなかった。 「俺が今日来ないって言っても、宍戸さんはやっぱり来たんだろうなって考えたら…なんか寂しくて。」 「あぁ…来ただろうな、お前が居なくても。」 「…そう…ですよね。」 廃墟となった洋館を模したステージで、骸骨が踊る。 顔を背け、そちらを見るふりをする長太郎の頬を、手を伸ばしてつねった。 「馬〜鹿。」 「え?」 頬をつままれたまま、長太郎は宍戸を見る。 「あのなぁ………違うだろ?」 「…?」 怒ったような口調に照れを隠して、宍戸は悩みがちな後輩の頬をぎゅっと掴む。 「皆と来るのと…お前と2人で来るのと。……同じか?」 「宍戸さん…」 「別にお前が同じだと思うならいいけど……ああもう何言ってんだか!」 ぶんぶんと首を振る。 ポッドが急に曲がり、魔女の笑い声を背に長い坂を上り始めた。 「あの…それって…」 つねられた頬を押さえたまま、長太郎が何か言おうとする。 それを押さえるようにぐしゃっと髪を撫でると、おそるおそる、遠慮気味に手が重ねられる。 「それに…もしお前が来ないって言っても、俺が無理に誘ってたかな。」 「!」 長い坂の果てに、近づいてくる光の扉。 その先に待つ衝撃を覚悟して、繋いだ手をぎゅっと握った。 「どうせなら、一緒がいいだろ。」 「………はい!」 いつものように、真っ直ぐ宍戸を見て笑う長太郎に、宍戸もつられて笑う。 喋ってばかりでちっともアトラクションの内容を覚えていないけど、それでいい。 今度二人できたら、また乗ろう。 そんなことを考えていた。 時間は少しだけ遡り、岳人たちの乗ったポッドで。 「跡部もさ、そんなに気になるなら、やっぱり侑士と乗ればよかったんじゃねーの?」 そろそろこのアトラクションも終わりに差しかかろうというころ。 クスクスと可笑しそうに呟いた岳人の一言に、跡部は思わず眉根を寄せた。 「あぁん?何言ってやがる」 「8回。」 「?」 怪訝そうな顔をする跡部に対し、岳人は楽しそうだ。 「後ろ見た回数、数えちゃったぜ。俺。」 にぃっ、と笑う。 ひとつ後ろのポッドには、忍足と日吉が乗っているはずである。 「はん、オブジェのディティールを確かめたかっただけだ。うちの財閥もアミューズメント業界に進出が決まっているからな…」 跡部は鼻で笑いとばす。 すました顔に動揺の色はない。 「ふーん…でもさ、跡部って……」 ガタン、とポッドが揺れる。 前のほうで沸きあがる歓声。 どうやら最後は、暗闇を抜けて外へ一気に滑り落ちるらしい。 近づいてくる光の中、岳人はちょっと悪戯な笑みを浮かべて跡部を見た。 「侑士のこと好きなんだろ?」 「………!?」 カタカタカタ…と続いていたリフトの音が消えた瞬間、身体が無重力に捕まれる。 暗闇に慣れた目に、痛いほど眩しい秋の光。 ゴォッと音を立てて、ポッドはその中を落下していった。 再び屋内に滑り込み、そのまま降り場に到着する。 地面に足をついても、まだふわふわと浮いているような感覚が残っているようだ。 「んー!楽しかったぁ〜やっぱ最後のがいいよな。」 「…。」 大きく伸びをする岳人を尻目に、跡部はスタスタと表のほうに歩き出す。 出口で忍足たちの到着を待つとばかり思っていた岳人は、慌てて後を追った。 「跡部?何だよ、まさか…怖かったとか?」 足を止めた跡部に追いすがり、ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべる 『馬鹿なこと言ってんじゃねーよ』 と怒られることを予測して、ひゃー♪と頭を抱えた岳人だが… 「……。」 予想に反して、返されたのはしばしの静寂。 「…跡部?」 その顔を覗きこもうとしたとき、 「日吉。」 「…はい」 「!?」 呼びかけに応じて、どこからか湧いて出たような日吉の登場に、岳人は思わず仰け反った。 後ろを振り返り、忍足や宍戸や長太郎が居ないことを確認してしまう。 「おまえ…どこから…?」 「ヤって良し。」 顔は表に向けたまま、岳人をビシッと指して跡部が言う。 その勢いそのままに、ガシッと腕を捕んだと思うと、スタスタと岳人を引きずり連れていく日吉。 「な…おい!こら、離せって!日吉!」 岳人は大騒ぎであるが、悲しいかなそこは遊園地の中。 他の子供やカップルや学生の喧騒に紛れて、あっという間に消えてしまったのだった。 一人残った跡部は、別のアトラクションの柵にすがるように、ズルズルと座り込んだ。 「チッ……」 口元を押さえる。 それは落下が怖かったわけでも、気分が悪くなったわけでもない。 『侑士のこと好きなんだろ?』 岳人の言葉が再び頭を過ぎる。 「…不覚……」 こんなに赤くなった顔を、誰にも見せられない。 「…あれ?景ちゃん?」 日吉たちどこ行ったん?と言いながら、タイミング悪く忍足が現れる。 さらに後から出てきた宍戸たちは皆の行方を見失ったが、いつにも増して邪険に扱われ、 「いややー!景ちゃんに嫌われたら生きていかれへん!!」 と大声で嘆く忍足を見つけるのは容易かったという。 その頃、少しはなれたベンチで、膨れっ面の岳人にソフトクリームを差し出す日吉の姿があった。 不機嫌なままそれを受け取った岳人が、隣に座った日吉を思いっきり睨みつける。 「大体っ!何でお前なんだよ!後輩にお守りされるほど子供じゃねーぞ!」 「好きだからでしょう」 「は?」 さらりと告げられた言葉。 何が?と首を傾げる岳人を、日吉がじっと見つめる。 何度かその言葉を口の中で繰り返してみて、ようやく岳人がその意味の半分を理解した。 「ちょっと待てよ日吉………好きって?誰が、誰を?」 「俺が、先輩を。」 「…!?」 今度こそ理解不能。 固まってしまった岳人を横目に、日吉はフッと短いため息をついた。 「……アイス、溶けますよ。」 「あ、居ましたよ!」 「向日!日吉!」 「こっちやで〜」 ようやく6人が合流したのは、それからしばらくしてのことだった。 「なんや岳人?えらい不機嫌やなぁ。」 「別にっ」 「日吉?…どうかした?」 「…別に。」 岳人につられてか、いつもの仏頂面にもさらに磨きのかかる日吉を、不思議そうに長太郎が見る。 「しっかしこうしてると、まるでトリプルデートやなー♪」 『は?』 忍足の茶化した呟きに、しかし過剰なまでに反応したのが約4人。 そのうち3名はそれが気に入らなさそうである。 「何でデートになるんだ?」 「勝手に言ってろ。」 「っていうか、トリプルって何だよ?」 3人…宍戸、跡部、岳人は、不機嫌そうに顔を見合わせた。 「うーん、まず俺と景ちゃんやろ?あとは鳳と宍戸で〜…んでヒヨと岳っくん?まぁ残り物には福があるっていうし。」 『冗談じゃねー。』 綺麗にハモった否定の言葉を後に、スタスタ次のアトラクションへ向かう3人である。 「宍戸さん…そんなハッキリ否定しなくても…」 「……。」 「難しいなぁ。」 やや凹み気味の残り3人の前に、ふと人影がさした。 「ん?」 「あ、ねぇねぇ、この子達カッコよくない?」 「ホントだー。君たち、3人だけ?」 「私らも3人なんだけどー、良かったら一緒に回らない?」 ピタッ。 はるか前を歩いていた跡部たちが、ふと足を止める。 遊園地には不向きなんじゃなかろうかという短いスカートに、寒さを感じさせない胸元の開いた服。 香水の匂いを纏わせて歩み寄ってきたお姉さまたちは跡部たちとの間を遮り、忍足たちの前で足を止めた。 「どぉ?この後とか、暇じゃない?」 「え、いや…その…」 思いっきり間近に迫られ、長太郎がじりじりと後ろに下がる。 「こんなとこで逆ナンパされるとは思わんかったなぁ。」 呆れ顔で呟くのは忍足だ。 「何ならここ出てもいいしー。ゴハンとかさぁ。」 一人が忍足の腕を取ろうとしたとき、 「悪いな」 スッとその間に入ったのは跡部である。 完璧なまでの微笑を浮かべ、忍足の肩に手を置く。 「俺たち」 長太郎を引っ張るのは宍戸。 よろけた長太郎が、しかしとても幸せそうだ。 「トリプルデート中なんでっ」 日吉の腕をとる岳人。 前髪の奥で目を丸くした日吉が、言葉も無く岳人を見た。 「…はぁ…?」 呆気にとられるお姉さまたち。 忍足、長太郎、日吉は顔を見あわせると、 「まーそんなわけや」 「…下克上の途中なので」 「失礼します」 笑いを堪えるような表情で背を向ける。 数歩進んで、ついに宍戸が笑い出した。 「下克上って何だよ日吉?」 「…そのままですけど。」 「だいたいお前に負けるつもりなんてねーんだからなぁっ?」 ぶぅっ、と頬を膨らます岳人。 「……。」 日吉は何か思案顔だったが、スッとそれが降りてきて、柔らかな感触が岳人の頬をかすめていった。 ちゅっ、と僅かな音を立てて。 「!?」 一瞬凍りつく岳人。 「やるなぁ、日吉。」 ひゅぅ♪と口笛を吹く忍足。 「うわぁ…」 「おい…向日?」 何か満足げな日吉を尻目に、プルプルと怒りのこぶしを震わせる岳人。 「なっ…なっ………何すんだよお前はっ!!!」 「わわわ、向日先輩、落ち着いて…」 「落ち着けるか馬鹿!離せよ鳳!」 「景ちゃん、俺もー…ッ○×#α■…!?(涙)」 アッパーの一発で無理矢理黙らされ、舌を噛んだ忍足が道端で悶絶している。 「阿呆どもが…」 ため息をついた跡部が、しかし口元に笑みを浮かべて空を見上げた。 「そろそろ帰るぞ!」 日は西に傾き、青かった空は徐々に茜色。 怒りを含んですら、どことなく楽しげな喧騒の中に、ゆっくりと休日が終わっていくのだった。 |
これ、タイトルだけはかなり前に決まってたんですよ。 うちの受たちは仲良いのでいつかセットで書きたいなぁと思ってました。 攻たちはなぜか単独突っ走り型ばっかりですが(笑) そしてこっそり脳内カップリングにジロ滝も参戦? ついに氷帝で残ってるのが樺地と太郎だけになってしまいました…ビバBLの世界! それにしても忍足と日吉の会話無かったな… この2人だけは真面目にアトラクション楽しんでたんでしょうか。 |