神社に近づくにつれて、人波は大きくなっていく。
肩が触れ合うような混雑をジグザグにすり抜けて、ひとつ道を外れた公園で二人はようやく息をついた。
はぐれないように、と握っていた浴衣の袖を離す宍戸に、ちょっと残念そうな長太郎だ。

「予想はしてたけど、すごい人ですね…」
「もう神社まで行かなくてもいいんじゃねーか?」

祭り気分は十分味わえた、と宍戸は苦笑する。
花壇の縁に腰掛けて、人が多いと暑い、と袖をまくる。

「何か飲み物買ってきましょうか?」
「いや、俺は…あとでカキ氷だな。」
「…はい。」

自然と笑みがこぼれる。
こうして二人でいるのはどのくらいぶりだろう。

「お前も…忙しそうだな。」

薄闇の中でも鮮やかに揺れるタチアオイ。
同じようなことを考えていたのか、赤い花にそっと触れながら宍戸が呟いた。

「えぇ、もうすぐ大会ですし。…宍戸さんも部活忙しいでしょう?」
「まぁな。でも今年は跡部が居ない分競争率下がってるからな…俺だって十分シングルス狙えるぜ?」
「十月ですっけ?跡部先輩が帰国されるのは…」

宍戸や跡部、忍足、岳人たちは氷帝学園の高等部に進学した。
やはり名門であるテニス部で、日々レギュラー争奪戦をやっているらしい。
跡部は中等部の頃にも行ったことがあるという姉妹校に、夏前から短期留学している。

「忍足先輩とか、寂しがってるでしょう?」
「連絡ひとつで浮いたり沈んだり大変だぜ…夏休みにはあっちまで行くとか言ってるしな。」
「さすが…」

相変わらず追い掛けあっているらしい。

「そっちはどうなんだよ?」
「日吉が大変そうですけど…俺のほうはそんなに変わらない、かな?」

何でお前じゃなかったんだ?と少し不満げな宍戸に、向いてないですよと苦笑いの長太郎。
たった数ヶ月のことなのに、もう何年も経ってしまったかのような。
話は尽きなかった。

「来年…来るよな?お前も」

宍戸が呟く。
また同じ舞台に…二人で立てたらどんなにしあわせだろう。
宍戸さんもそう思ってくれているんだろうか。
長太郎は想いを馳せる。

光溢れる空に、くっきりと白い雲。
コートに響く乾いた打音と足音。
波のような歓声。
そして…

「長太郎?」

黙ってしまった長太郎を、宍戸が覗き込む。

(強くなりたいとか、上手くなりたいとか、それもあるけど…)

今自分がテニスを続けている理由を、口にすれば怒られるだろうか。

二人だけの世界。
二人だけの言葉。
視線だけで互いを分かりあえる、その瞬間。

「おーい、聞いてるか?」
「聞いてますよ。行くに決まってます、だって…」

今なら聞ける気がする。
メールや電話はできるけど、これだけは、直接聞かなければと思っていたこと。
次に会ったら、聞こうと決めていたこと。

「…好きです」
「ん?」

小さく呟いた言葉に、宍戸が顔を上げる。

「宍戸さんが好きです。」

一瞬ぶつかった視線を逸らす。
花に隠れるように、互いに花壇に身を寄せる。

「…っ……前にも、聞いたぞそれは…」
「えぇ、でも、やっぱり言いたくって。」

にこにことしている長太郎を、宍戸は睨むように見つめる。
暗さに紛れて、それが照れなのかどうかまではわからない。

「ねぇ、宍戸さん。」
「な…何だよ…」
「来年も一緒にお祭り行きましょうね。」
「……あぁ。」

困惑したように、首を傾げる。

「それと…」

そっと、手を伸ばす。
額にかかる前髪を梳くと、僅かに眉根を寄せる。
それでも避けられはしないことに少し安堵しながら、長太郎は言った。

「答え、聞いちゃ駄目ですか?」
「!」

聞かせて欲しい。
俺は…あなたを好きでいていいですか?


***


卒業式の日。
部活の送別会の後。
夕暮れ時だった。
まるで映画のワンシーンのように、さらさらと早咲きの桜の花弁が降っていた。

『宍戸さんが好きです。』
『何だよ今更、かしこまって…』

突然立ち止まった長太郎を振り返る。

『宍戸さんは俺のこと好き?』
『はぁ?そりゃ隙か嫌いかって言われりゃ好きにきまってんだろ?じゃなきゃダブルスなんて組めるかよ』

ついさっきまでいつものようにはしゃいでいた長太郎が静かになってしまい、困惑気味に宍戸が言う。

『そうじゃなくて、もっと…恋愛感情として、好き?』
『なっ…そんなの…わかるわけねーだろ、急に言われても』
『じゃぁ、どれだけ待てば、教えてもらえますか…?』

オレンジ色の緋が斜めに差し込む。
さらさと花弁は降り注ぐ。
なぜか長太郎は泣きそうな顔にも見えた。
宍戸は困ったように笑って、

『お前が…高等部に来たらな。』

と言った。


***


宍戸さんは優しいから、切り捨てられなかっただけかもしれない。
会えなくなって、会いたくなって、寂しくて寂しくて仕方なかったのは俺だけなのかもしれない。

逃げてちゃいけないのは、きっと自分のほうだと長太郎は思った。

「宍戸さん?」

喧騒から外れた薄闇の中に、ため息がひとつ。

「"高等部に来たら"教えてやるって言ったろ?」

立ち上がった宍戸は、浴衣についた砂を払いながら言う。

「じゃぁ、来年?」

切なそうに言った長太郎に、意外にも呆れ声での返答。

「…へー。来年まで来るつもりは無いんだな?」

くるっと背を向けて、ひらひらと手を振る。
しばらく絶句していた長太郎は、慌ててその後を追った。

「え?…えぇ?そんなこと無いです!会いに行きます!絶対!」

月曜にでも!と意気込む長太郎に、振り返って悪戯っぽく舌を出す。

「バーカ、練習あんだろ!」
「うっ…でも…じゃぁ、大会終わったら!」
「そうだな…」

また近づいてきた祭りの喧騒に、宍戸が長太郎の浴衣の袖をそっと掴む。

「仕方ねーから、それまでは俺が会いに行ってやるよ」
「宍戸さん…」

朧な灯火が道の両脇に揺れる。
人ごみの中でも聞こえる微かな祭囃子。
深い紫紺の空には、キラキラと散る星。
地平近くに白い月が落ちる。

「ほら、とっとと行くぞ!」
「うわっ、宍戸さん、そんなに引っ張ったら転びますよ!」

それまで鮮やかだったそんな景色のすべてを、心から消してしまうほど。
幸せと、期待と、不安と。
めいっぱい胸に広がる感情はそう、いつだって。


隣にいるあなたがくれた。





…頑張った!頑張ったよ長太郎!(笑)
そんなわけで、ちょっとずつちょっとずつ恋人関係に近づいているうちの鳳宍です。
それでもこんなにいいシチュエーションですらここまで…ということは、
さらに長太郎に押せ押せで頑張ってもらわないと、ラブラブにはなれないのかしら…(=ω=;)
この状態でも十分いちゃついてる気はしますが。
トリシシはやきもきしながら見守るのが楽しいですね、やっぱり。


戻る