Sweet Flavor Days





「どうするかな…」


本日最後の授業、家庭科が終わり、ホームルームのために皆がぞろぞろと教室へ戻っていく。
調理実習後の部屋は、甘い匂いに満ちていた。
エプロンの入った鞄を片手に、調理台の上を眺めやる。

「………。」

出来は悪くない…と思う。
やたらファンシーな道具の揃っている調理室(先生の趣味)で作ったために、型は動物や花やハートだし、面白がって食紅も使ったので色も4色。でも味は普通に出来ていた。
問題はその量。
カレー皿に盛られたクッキーの山を前に、思わず溜息が出る。

「さすがにこれ全部は…食えねぇよな…」

作るだけ作っておいて、出来上がると『実は甘いの苦手なんだ♪』と食べるのだけ辞退しやがったクラスメイトの顔が浮かぶ。
後で一発殴っとこう。
いつもなら他の甘いもの好きなヤツが寄ってきて食い尽くしていきそうなところだが、今回はどの班もやたら大量に作ったらしく、残ったものを持ち帰る姿が目についた。

「……ジローあたりが食うかな。」

本当は別の顔が脳裏をよぎったのだが、そんなことを口にしてみる。


……あいつも食うかな。


(…って、今考えても仕方ないか。)

ホームルームの時間が迫っているので、これ以上ここで悩んでいる暇もない。

「よし、部活まで持って行くか。」

決めるとすぐに、ビニール袋に放り込んで調理室を後にした。




そして部活後。

レギュラー用の部室で着替え終わり、そろそろ帰るかという時間になって、ようやくクッキーの存在を思い出す。

(あー…忘れてた。………なんか今更な感じだな。)

周囲を見渡すと、思い思いにくつろいでいるレギュラー達。しかも、ジローと岳人はまだシャワーを使っているのか姿が見えない。

(…言い出すきっかけがつかめないな…。)

「宍戸さん、一緒に帰りましょぅ〜♪」

ぱたぱたと長太郎が寄ってくる。…まぁ、こいつに言えば良いか。

「ん?」

すぐ隣まで来て、長太郎は器用に鼻をひくひく動かした。まるで犬みたいだな、と思う。いつものことかもしれないが。

「なんか…匂いません?」
「そうか…?」

思わず袖のあたりに顔を近づける。
跡部が部長になってから、部室横にシャワー室が出来た(それ以前にもあちこちが跡部仕様になっているので、今更驚きもしないが)。
レギュラーになってからは帰りにシャワーを浴びるのが習慣になっていて、それ以来特に汗臭いということはなかったと思うのに。
首をかしげる俺の後ろに、そっと近づいてくる気配がすると思ったら

「あ、やっぱり。」
「!?」
「宍戸さん、甘い匂いがする。」
「ちょ…離れろって!」
「え〜?いい匂いなのに。」

後ろから抱き付いてきた長太郎を引き剥がして、睨みつける。

「まったく…」

日常茶飯事になってきたとはいえ、他のレギュラーのいる前で抱きつかれるのはやっぱり抵抗あるぞ。
甘い匂いって…あぁ、クッキーと一緒にロッカーに入れてたからか?
まぁ、これを機会にその話を…と思った瞬間、入り口のドアからひょこっと顔を出した岳人が


「おーい、鳳?お・呼・び・出・し☆」


と、長太郎を手招きした。

「え?俺ですか?」
「そう。なんか、俺らと同学年っぽいぞ。…お前って年上キラー?」

にやりと笑いながら岳人がからかう。
その後ろから入ってきたジローが、髪を拭きながら小さくあくびをする。

「…?どうしたの〜?」
「なんや鳳、告白か?」

そんな話題に敏感な忍足もノってくる。

「え??いや…わからないですけど……とりあえず行ってきます。」

苦笑しながら出て行く長太郎。
氷帝学園のテニス部(特にレギュラー)がモテるのは割と有名な話らしい。
そういえば、たまに他の学校からも来るな…

「今の時期っていうのは珍しいなぁ。たいがい誕生日だとか、試合前だとかやろ?」
「まーいいんじゃねぇの?モテるうちが花って言うし。」
「それで部活に支障をきたすようなバカじゃないだろう。」
「…ウス。」

他レギュラー達もいつものこと、と軽い調子で話題にしている。
それでもしばらく時間が経つと、


「…遅いですね。」


時計を見上げて日吉がボソっと言った。

「断るだけならそんなに時間かからへんよな。」
「鳳も真面目だからなー。」
「せやなぁ。まぁ若いうちに遊ばんといつ遊ぶねんって感じやし、ええやろ〜。」
「侑士は遊び過ぎだろ?」
「別に〜?俺は本命が振り向いてくれるならそれで十分なんやけどな〜〜」部誌にむかう
跡部のほうをちらっと見ながら言う忍足の言葉は、さらっと無視された。

「……。」

景ちゃん冷たいなぁ、と呟くのが聞こえる。

…そういえば、俺はなんで今ここに残ってるんだ?
長太郎を待っているから?
自分で考えて、少し赤くなる。
たしかに最近長太郎と帰ることは多くなったが、それは別に特別なことじゃないと思う。
たぶん…。
それに、その長太郎は今、誰かの告白を受けているかもしれないわけだし。

あぁ…何か腹立ってきた。

「ジロー!」
「ふえっ!?」
「…これ、やる。」

なぜか怯えたような表情でこちらを見るジローの前に、どん、とクッキーの入った袋を出すと、ジローは目を大きく見開いて瞬きをした。

「どうしたの…?コレ…」
「余った。」
「…俺が食べちゃっていいの?」

クッキ〜☆…と、途端に幸せそうな顔で袋を手にするジローに、俺は黙って頷いた。

「わ〜ぃ♪いただきまーす!」
「あ、ジロー、俺も食う!」
「独り占めは卑怯やで、ジロー。」
「樺地、俺様のために何枚か取ってこい。」
「ウス。」

そんなこんなで、袋いっぱいのクッキーはあっという間になくなった。
なんか…ピラニアだらけの水槽に放り込まれる餌を想像したのは何故だろう。
そんな中、日吉だけが相変わらずパソコンの前に座ったまま動かない。

「…お前はいいのか?」
「洋菓子はあまり…好きじゃないので。」

それを聞いた岳人が、悪戯を思いついたような楽しげな表情で近寄ってくる。

「日吉、はい、あ〜ん☆」

まだ手に持っていたクッキーをひとかけら、無理矢理その口元に、押し付ける。

「せっかく宍戸が作ってきてくれたんだぜ?」

その目で、『先輩命令だからなっ』といっている気がするんだが。

「お前なぁ、無理に食わせなくても…」

呆れて止めようとした時、小さく溜息をついた日吉が口を開いた。
岳人の指ごと、クッキーを口に含んで。

「!?」

ダメ押しとばかり、その指先をペロッと舐めてから口を離す。
さすがの岳人も固まっている。

「………。」

見てない。俺は何も見てないからな。
頭を抱えたい気分でいっぱいだ。

「じゃ、お先に。」

その後の喧噪のとばっちりを食う前に、鞄を抱えて、さっさと部室を出る。




『一緒に帰りましょう』



「まぁ…仕方ないよな。」

いつも一緒に帰ることもないか、と思いつつ、視界のどこかに長太郎がいないかと探してしまっていたことに気付き、驚いて下を向いた。

…アイツのことをこんなに気にするようになったのは、いつからだろう。

最初はただ、図体はでかいくせに子犬のような後輩だと思ってた。
一度レギュラー落ちした時は…ただ、そのサーブを利用して俺が強くなろうと練習に誘った。
それなのに、自分の練習時間を削ってまで付き合ってくれる長太郎を、いつのまにかすごく近い距離に感じるようになって…
今、気付いたら、レギュラーの誰よりも一緒にいる時間が長い。
それでも…アイツがただ面倒見がいいだけで、アイツにとっては俺も他の部員も大差ないんだろうか。

「一緒に帰ろうとか言ってたくせに、自分がなかなか戻ってこないんじゃねーか。」

1人の帰り道は、久しぶりかもしれない。
通り慣れた道のはずなのに、それはどこか空虚に思えた。
いつも近道として通り抜ける公園に入り、ベンチに座る。

「……待っててやればよかったかな。」

ホントに告白だったのかとか、ちょっと気になるしな…。
すっかり暗くなった空を見上げ、溜息をついた。
ふいに、通りのほうからドタバタと派手な足音がしたと思うと、目の前を見覚えのある姿が駆け抜けようとする。

「長太郎!?」

声をかけながら、見間違いか?とも思った。

「あ!!宍戸さん!!?」

それでもどうやら本人だったらしく、公園を抜けようとしていた長太郎は音がしそうなほどの急ブレーキで止まると、またこちらへ駆け寄ってきた。

「宍戸さん!」
「お前…どうしたんだ??」

目の前で長太郎は大きく息をつくと、へなっ、と地面に座り込んだ。

「良かったぁ〜〜〜。」
「……ここまで走ってきたのか?」
「えぇ…もう追いつけないかと思いました……」

まだぜーはーと荒い息で苦笑する。

「一緒に帰ろうと思ったのに…部室戻ると宍戸さん居ないんですから。」
「お前が遅いからだろ?だいたい、俺はまだ一緒に帰るとは言ってなかったし…」
「それは…そうですけど……」

それでここまで追いかけてきたのが、長太郎らしいと言えばらしいけれど。

「なぁ…」
「はい?」

へたり込んでいる長太郎に、ボソッと声をかける。
別に…そんなに気になるわけじゃないけど。
一応、な。

「結局………告白、だったのか?」

苦笑したまま、長太郎は頷いた。

「でも、断りましたよ、ちゃんと。」

プレゼントだけでも受け取ってと言われたのを、諦めてもらうのに時間かかっちゃって。と頭をかく。
…やっぱり真面目なんだな、こいつ…。

「それで部室に戻ったら、他の皆は虐めてくるし、宍戸さんは居ないし…」
「虐められた?」
「クッキー食べてないのお前だけだぞ、って。日吉まで…」

しょぼーん、と下を向く。犬だったら耳と尻尾が下がってる感じだ。


「俺も食べたかったです、宍戸さんのクッキー。」


本当に悲しそうに、長太郎は呟く。

「そんなに腹が減ったのか?」
「え?いや、まぁお腹は空いてますけど…そうじゃなくて」
「……これでも食ってろ。」

ぽい、と無造作に投げた包みが地面に落ちかける寸前に、慌てて長太郎が掬い上げた。

「宍戸さん、これ…」

小さな袋に小分けされたクッキー。

「……お前が食わないんなら、持って帰って俺が食うからな。」

別に最初から渡そうと思って作ったわけじゃない。
たまたま分けられた班の中に甘いもの嫌いが二人もいて、結果として余ってしまっただけだ。
捨てるのももったいないし、自分はもう、授業中に散々食べたし。

「それなら誰かにあげて、食ってもらったほうが無駄にならないだろ?だから…」

顔を見るのも何となく恥ずかしくて、横を向いたままそんなことをボソボソと呟く。
小分けして持ってたのはまぁ……何となくだ。何となく。
静かなままの長太郎のほうをちらっと見ると、まだクッキーの袋をじっと見たまま黙っていた。
………いらなかったのか?

「長太郎?」

呼ぶと、ハッと顔を上げる。

「いらないんなら、返せよ。」

ぶんぶんと首を振ると、長太郎は慌てて袋を鞄にしまった。

「いらないわけないじゃないですか!嬉しすぎて感動してたんです!!」
「そ…そうか…?」

思いっきり迫りながら言われると、頷くしかない。
そしてそのまま抱きつかれる。

「本当にありがとうございました、宍戸さんっ♪」
「…っ!?こら、ちょっとは学習しろ!」

人目のあるとこでやたらと飛びつくんじゃねぇって何回言ったことか。
いや、人目のないとこならいいのかって言われるとそれも微妙だけど。

「クッキーのお礼に今度、デートしましょう!」
「はぁ?」

お礼がデートって何だ?
なかなか離れてくれない長太郎を引きずるように、ベンチから立ち上がり鞄を手にする。
「新しく出来たショッピングモールとか、そこのテニスコートとか。宍戸さんと行きたい場所、たくさんあるんです!」
「………。」

長太郎と行きたい場所……か。

「…新しいシューズ見に行くのに付き合ってくれるなら、考えてやる。」
「はいっ!」

行きたい場所は…たくさんあるかもしれない。
そう、今はまだ思いつかないくらいたくさん。

「宍戸さんとならどこへでも行きますよ〜〜♪」

とりあえず今は、この道を二人で帰ろう。



夜風に、ほんのわずか、焼き菓子の甘い匂いが混じる気がした。




甘い香りに包まれた日々。…みたいな感じで書いてたんですが、
やっぱりうちのサイトの二人は
じゃれあうのが精一杯ですか…そうですか…orz
何だかんだで宍戸さんも長太郎が大好きなんですけどね。


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