『好きです』 ……と言うのにいったいどれだけの勇気がいることだろう。 特にそれが同性の、部活の先輩とかであるなら。 ありったけの勇気を総動員して口にした想いは…… ………拳の一撃ではね返された。 「は?何やて?」 「……殴られました。」 「うわ。左側だろ?赤い赤い。」 ロッカールームに入ると、待ち構えていた先輩方が事の次第を報告しろ、と迫ってくる。 もう隠す気もなかったのでそのまま結果を簡潔に伝えると、哀れみを含んだ視線が向けられた。 「ま…まぁ、アレやな。照れ隠しってヤツや。」 「えー?違うって。絶対宍戸違う方向に受け取ってる。」 「そう…でしょうね……。」 「大体さー、宍戸はおもいっきり鈍いってのわかってんだろ?なんかこう…ストレートにビシッと言わなきゃダメだって。ビシッと。」 「はぁ……。でもちゃんとストレートに言ったんですけどね…」 あれ以上どう言えば良かったというのだろう。 「えー?でも……」 「岳っくんはちょっと黙っとき。」 騒ぐ向日先輩を忍足先輩が抑える。 「気にすることあらへんで、鳳。ここは前進あるのみや。」 「はい…。」 「あいつが鈍いのはもう…仕方ないわ。押し続けてたらそのうち気付くやろ。」 けっこう足掻いているつもりなんだけれど、ちっとも進展しない関係をいつも茶化してからかっている忍足先輩だが、今日は何故だか真面目な顔で俺の肩に手を置く。 慰められても、励まされても、ついさっきの『殴られた』というショックがそうそう消えるわけはなく。 俺はただ苦笑するしかなかった。 「……ま、いまさら宍戸がどんなヤツかなんて俺らが言わんでもお前のほうがわかってるやろうし。」 「そうなんでしょうか……?」 入学して、テニス部に入って。 まだラケットも持たせてもらえなかった一年にとって学年が違うだけでもう雲の上のような存在だった先輩方が、少しずつ近くなって行き。 最初は『ひとつ上の怖そうな先輩』だった宍戸さんが俺の中で『特別』になったのは最初の夏が終わったころだった。 それから少しでも近づこうと頑張って、何とか今の位置に収まることはできたけれど。 …それでも同じ学年の先輩方のほうがやっぱり、宍戸さんのことは良く知っているんじゃないだろうか。 「鳳…?」 そういえば、部活以外の宍戸さんを俺はあまり知らない。 気づけば気づくほど落ち込む要因しか出てこなく、もう何度目かわからないため息をついて机に突っ伏した。 そんな俺を見て、向日先輩と忍足先輩は顔を見合わせる。 「言っとくけど、俺らだってそんなにしょっちゅう宍戸と一緒にいるわけじゃないから。俺と侑士なんかはダブルス組んでから割一緒にいるけどさ。」 「せやなぁ…俺らやて最初はジローが間に入らへんかったらまず話もせんかったやろなぁ。」 「ジロー先輩が…?」 「ジローは人見知りしないからなー。」 「宍戸もあれで面倒見いいしな。なんだかんだ一緒におるうちに、いつの間にか今みたいな状態や。」 お前みたいに自分から近づいていったやつもなかなかおらんで、とパタパタ手を振りながら忍足先輩が笑う。 「それにな、鳳。」 「はい?」 「………好きなんやろ?」 にやり、と意味ありげに笑う。 「…はい。」 まっすぐその目を見返して、俺は言った。 「俺は宍戸さんが好きです。」 「ならそれでええやん?迷うことない。多少の壁くらいスパイスや。…な?」 「………そうですね。頑張ります。」 弱音は絶対に吐かない人だけど、いろいろ迷いや悩みを抱え込んでもいて。 でもそんな気持ちを表に出したくなくて、無表情を作ってしまうことも、少しずつわかってきた。 そんな無表情や不機嫌そうな顔から宍戸さんの気持ちを読み取ることも、前よりはずいぶんできるようになったけど。 …もっといろんな顔を見せて欲しい。 押さえ込んでいる、ほかの部員の前では決して見せない顔も。 あれだけ見つめていても、俺の気持ちに気づかないのだろうか? (他の先輩方は気づいてるのになぁ……) きっと気づいていないだろう。 友情を超えた想いがあることなど、あの人はこれっぽっちも考えていないに違いない。 そんな純粋で真っ直ぐなところも、宍戸さんの魅力ではあるのだけれど。 「ほんま、青春やな〜。俺なんか前途多難やわ…。」 「侑士は他で遊びすぎるからじゃねーのか?」 「……岳人、それアイツの前で言ったらあかんで?」 「あ、じゃぁ俺、もう行きますね。ありがとうございました。」 まだ賑やかに会話の続くロッカールームを後にする。 先輩方に後押ししてもらった想いは、頬の痛みとともにまだ少し揺れているけれど。 (やっぱり…好きなものは仕方ないよ…。) それでも迷ってなんかいられない。 暗雲たる気持ちを笑い飛ばすように、やけに明るい音楽が掃除の時間の始まりを告げる。 今日は…どこだったっけ。たしか外の方の掃除だったような気がするけれど。 そうしてふと前を見ると……見覚えのある姿が校庭に向かって歩いて行くのが目に入った。 「あ、宍戸さん!!」 全力で走って行く。 少し驚いた顔で振り返った、俺の大切な人。 「宍戸さんも掃除、外ですか?一緒に行きましょう!」 「…………おう。」 しかしそう言ったまま足を止めている宍戸さんに、ふと不安を覚える。 嫌われたり……してないよな……。 「…どうしたんですか?」 向けられる視線に、なんとなく焦ってしまう。 スッと宍戸さんが右腕を上げ…… また殴られる!?…と、思わず目を閉じた俺の頬に、そっと指が触れる感触。 「…??」 「………悪かったな、殴って。」 「え?いや、そんな…」 これだけのことで、ドキドキする。 とっさに言葉も出ないほどに。 「よし、行くか。」 くるっと背を向けて歩き出した、その後を慌てて追う。 (もう…怒ってないのかな?) 並びながらちらっとその横顔を窺うと、睨まれてしまうけれど。 「何だよ。」 「……宍戸さん。」 「あ?」 不機嫌そうな表情。 でも俺は知っている。そうやって表に出す感情が、この人の全てではないこと。 だから…今はまだ伝わらなくとも、届くまで何度でも言おう。 俺の内に灯をともすこの想いを、少しでも知っていてほしいから。 「俺はあなたが大好きです。」 |
Start、長太郎視点です。何気に忍足が良いヤツです。遊び人ですが。結局うちのトリシシはなかなか進展しないままですが、それでも周囲からはすっかりカップル扱い。もちろん宍戸さんは気付いていません。こんな純愛の2人がどこまでいちゃラブにもっていけるのか不安な所ではありますが(ぇ)、暖かく見守っていただければ幸いです。 |