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『好きです』

……と言われて戸惑わないやつがいたら、そいつはよっぽどの確信犯かタラシだろう。
特にそれが同性の、部活の後輩とかであるなら。
まだその時には告げられた言葉の意味に気づけなかった俺は……

………とりあえず拳を握った。


「……で?宍戸はどうしたの?」

話を聞いているのかいないのか、頬杖をつきながらぼーっとした顔でジローは聞き返してきた。
「殴ったに決まってんだろ」

即答。

「…………そぉなんだ。」
「何だよ」

顔を引きつらせる友人に、苛立ち混じりの視線を送る。

「いや…何だかんだ言って宍戸も鳳がそばにいるの嫌そうじゃないから。てっきりうまくいったのかなぁって。」
「うまく?何がだ??」
「何でもない。そっかぁ…」

深くため息をついて遠くのほうを見る。
昼休みも終わりかけの教室には談笑と喧騒が溢れていた。
同じように頬杖をついてジローを見ると、その口が小さく『可哀想に…』と動く。
何に対するコメントなのかはあえて聞かないことにした。ここでこいつにこれ以上腹を立てても仕方ない。

「だいたいあんなこと、いちいち言うもんじゃねーだろ。わかりきってるのに。」
「は?」

ぶっきらぼうに言った言葉に、目の前の友人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

「だーかーら!あれだけ日常的に人の周り飛び回っておいて、実は嫌いでしたとか言いやがったら殴るくらいじゃ済まさねぇけどな。好意の有り無しくらい見りゃわかんだろ?」
「好意…ねぇ。」

ジローはなぜか苦い顔。

「あれだけ行動に出されてまだわからないようなバカだと思われてるのかと思ったら、腹が立ったんだよ。」

わかってないんじゃないの?という顔を目の前で露骨にされるが無視をする。
確かに表情の出づらい顔であるというのは自他ともに認めるところではあるけれど。
それにしたって、と思わずにはいられない。

「あのさぁ、宍戸。」

もう一度ため息をついて、ジローはこちらを見る。

「鳳がこの前起こしにきてくれたりしたのとかも、同じ好意に入ると思う?」

そんなこと部活中のよくある1コマだ。とにかくこいつはよく寝る。どこでも寝る。部活中もお構いなしだから、だれかが練習のたびに起こしに行くことになる。

「……そうなんじゃねーの?お前もあいつには割となつかれてるだろ。」
「宍戸ほどじゃないと思うんだけどなぁ。」

眉根を寄せて首をかしげる。
そんなに疑問に思うことだろうか?
長太郎が誰にでも愛想良く振舞うのは日常的なことなのだ。そしてこちらから特にそれを遠ざけた覚えもないのに。

「…ったく。何であいつは今更あんなこと言い出すのか。」
「だから……好きなんでしょ?」
「それはわかってるっての。さっきも言ったろ?」

目の前でジローは大きなため息をついて机に突っ伏した。

「わかってないよー。」
「何がだよ」

さっきから何が言いたいのか。
不機嫌そうに睨み付けると、上目遣いに見上げてくる。

「とりあえず宍戸も、嫌いじゃないんだよね?鳳のこと。」
「嫌いなやつを纏わりつかせとく趣味はねぇよ。」

そう、嫌いじゃない。
無愛想な自分になついてくる後輩を、最初のほうは多少うざったく思ったりもしたものだけれど。
今はそれが普通になってしまっているのだから、特に好き嫌いも意識しないほどだ。

「……とりあえずそれだけ伝えとくよー。」

力なく言う。
伝えるって?何なんだ一体?

「あーもー。訳分かんなくなってきた!」

投げやりに席を立った時、教室のスピーカーから掃除の始まりを告げる音楽が流れ出す。

「あ、んじゃ俺、行くわ。」

今日は外掃除の当番に当たっている。
窓の外は良い天気。雲が青い空をゆっくりと流れていく。

背を向けた、その後ろから、ジローが声をかけた。

「ねぇ宍戸。鳳のこと、好き?」
「は?嫌いじゃねぇってさっき言ったろ?」

振り返ると、いつもの眠そうな表情のまま、顔さえ起こさず視線だけ器用にこっちへ向けている。
「そうじゃなくて。好き?」
「……どーいうことだ?」

問い掛けられている意味がわからない。
「…好き?」
「好きか嫌いかの2択だったらな。」

根負けした感じで答える。

「じゃぁ『好き』と『嫌いじゃない』だったら?」
「………わかんねぇよ、そんなの。」
「もし違いがあるならさ、ちゃんと鳳に伝えてあげてよ。」

じゃないと推測だけでも伝えちゃうよ?と、俺には意味のわからない事を言う。

「ま、機会があればな。」

音楽と雑音の入り混じる廊下を歩きながら……生徒用玄関までの教室に、見なれた長身がいないかといつの間にか探している自分に気がついた。


……『好き』と『嫌いじゃない』だったなら。
その答えは心によぎったけれど、なぜか、口に出してしまってはいけないような気がした。

(そうだな…たぶん、『好き』かもな。)

あいつもそれが言いたかったのだろうか。
いつも人懐っこい笑顔の後輩が、ほんの少しだけ真面目な顔で『好き』だと言った。


今はそれを少し、嬉しいと思った。


だいぶ前にイベントにて無料配布した話です。こっちが宍戸さんバージョン。長太郎バージョンもあるので、そちらもまた載せます。ちっとも進展しない二人に周囲がやきもきしてる感じは書いてて楽しいですw


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