可愛いヒト 愛しいヒト 僕の大切な… 休日、晴天、穏やかな秋。 …とくれば、行楽地以上にごった返すのは遊園地である。 「まーだー?」 退屈そうに声を上げたのは岳人である。 「これくらい覚悟で来たんだろう?おとなしく並んでろ。」 「だってさー、もう1時間くらい経ったぜ?」 「まぁまぁ、もう屋根の下に入れましたから、もうすぐですよ。」 「それにしても凄い人だな…」 「このアトラクション、この前オープンしたばっかりやしなぁ。仕方ないて。」 「…『ゴーストライド』…?」 退屈しのぎも兼ねて、各々饒舌である。 最初は運転手つきの車で夜の街を走っているが、途中で運転手が消えてしまい、それでも走り続けてホラーな世界に車ごと飲み込まれるという設定のアトラクション。この遊園地で今一番新しく、一番人気のあるこのアトラクションには、ずらりと幾重にも折り曲げられた列ができていた。 数多くのカップルが行きかう中、男ばかり6人。しかしそれでも周囲が思わず注目するようなその一団は、言わずと知れた氷帝学園中等部・テニス部レギュラーの面々(一部除く)…であった。 「2人乗りなんやなぁ。」 「まぁちょうど偶数だし…2人ずつ乗ればいいだろ。」 注意書きの看板を見上げて、忍足と宍戸が呟く。 ちらっと跡部のほうに視線を向け、忍足が楽しそうに言った。 「なら俺は…景ちゃんと♪」 「断る。」 即答。 「何でっ!?」 とりつくしまもないその鋭さに、軽く泣きの入った声で忍足が応じる。 「お前と2人になってろくなことがあったためしがない。」 「ええやん〜だいたい安全バー降りてくるから何もできんって〜」 冷たい視線を向けられ、そんなに見つめられたら恥ずかしいわぁ、と忍足が身をくねらせる。 「……侑士…安全バーが無かったら何をする気だったんだ?」 「え?そりゃもう…ごにょごにょ…」 「こいつ殴っていいか?」 「宍戸さん落ち着いて!」 今日も今日とて賑やかな面々である。 相変わらず無口だった日吉が、ふと前を向いて言った。 「先輩…そろそろ決めないと、順番回ってきますよ?」 「お、ほんまやな。じゃぁ俺は…」 「向日、乗るぞ。」 「ぅぇ?お、おう…」 いつの間にか開いた前との差を、岳人の腕をとった跡部がスタスタと詰めていく。 「あぁっ、景ちゃん!」 「その呼び方はやめろって言ってるだろうが!!」 羽織ったシャツの袖で涙を拭くふりをしながら、忍足が追いかける。 再び固まって並んだところで、残りの面々を見渡した。 「仕方ないなぁ…じゃぁ…」 …が、宍戸の腕は長太郎が掴んではなさない。 その様子を見た忍足は、小さくため息をついた。 「ヒヨ、乗ろか。」 「……はい」 「お前、いつまで掴んでるんだよ。」 「あ、すみません。つい。」 にこにことしている長太郎だが、宍戸は何か違和感を感じていた。 「どうしたんだ?」 「え?」 「何か機嫌悪ぃだろ、お前。」 『どこが!?』 他の皆は一斉に長太郎を見る。 「やだなぁ、宍戸さん。別にいつも通りですよ?」 「……特に変わったようには見えませんが?」 「そう…か?」 そんなことを言っている間に列は進み、インカムをつけたナビゲーターが跡部と岳人を一つ目のポッドに案内した。 「お、もう順番やな。」 「俺ら最後に乗るわ。」 「ほなお先に〜♪」 自動車の後部座席のようなシートに腰を下ろすと、上から安全バーが下ろされる。 「こういうの久々で…ドキドキしますね。」 隣で、やはりニコニコと笑顔を浮かべる長太郎。 二人乗りのポッドはゆっくりと動きだし、闇の中へ滑り込んでいった。 「宍戸さんあれ!ヴァンパイア、飛んでますよ!」 「うわっ…!?」 頭をかすめるように飛び回るオブジェに、当たらないとわかっていながらも思わず頭を下げる宍戸。 長太郎がくすくすと笑う声が耳に届く。 視線は他に向けたまま。 隣に座っているはずなのに、距離を感じるのは何故だろう。 おどろおどろしい一角を抜けて、ポッドは静かに星闇の空間に滑り込む。 宇宙を模したデコレーションに包まれて、ひと時の静けさ。 遠くで他の客の歓声が響く。 「長太郎」 「はい?」 「……なんかあったのか?」 「……。」 宍戸が不安になるほどの間。 アトラクションのBGMだけが二人の間に流れる。 やがて… 「宍戸さんは…俺と向日先輩どっちが好き?」 前を向いたまま、ぽつりと長太郎が言った。 *** そもそも遊園地に来ることは、昨日の部活の後に決まったことである。 「なー、遊びに行こうぜ!」 着替え終わった岳人の第一声。 脱ぎ捨てたユニフォームを拾おうとした体勢のまま、宍戸はきょとんとそれを見返した。 「遊びにって…今からか?」 既に窓の外はとっぷりと暮れている。 夏の大会も終わり、季節はそろそろ秋口にさしかかろうという頃だが、高等部でもテニス部に入ることを早くも決めている3年にとっては受験勉強と同じくらいテニスの練習も大切である。 部活を休むどころか当然のように居残り練習までしていく宍戸たちは、毎日学校の許すギリギリまでこうして残っているのだった。 「駄目ですよ、宍戸さんはこの後俺と帰るんですから!」 「長太郎…何かおかしくねーかそれ…」 同じく着替えを終えた長太郎が、宍戸と岳人の間に割って入る。 カッターシャツのボタンを留めながら、宍戸は呆れ顔だ。 今にもその宍戸を抱きかかえそうな勢いで制止する長太郎だが、 「だいたいお前と帰るって決めてるわけじゃないだろうが。」 と呟かれた一言に、ビシッと凍り付いてしまう。 「宍戸さん…」 もしかして…俺と帰るの…嫌? ぎこちなく振り返ったその両目は、すでに捨てられた子犬のように潤んでいて。 深くため息をついて頭を抱えたのは、話を持ち出した岳人のほうだった。 「あーのーなー!誰も今日とはいってないだろ!明日だよ明日。」 「明日?」 「だってここのコート整備工事やるんだろ?」 明日は土曜日。普段なら自主練習に開放されるテニスコートで、多くの部員が練習をするのだが… 「今回も全面使えないんですっけ…」 「そうだな。」 「走り込みだけなら学校来なくても出来るしさぁ。」 日中暇じゃん?と岳人が口を尖らせる。 部員数の多い氷帝学園のテニス部では、大勢で使うためコートの劣化も早い。そのため半年に一度、大規模にコートの整備工事が行われるのだった。 重機を入れての作業になるため、その間は部員も立ち入ることができなくなる。 「何?何の話?」 パソコンの前に座っていた忍足が、興味津々といった感じで近づいてきた。 「向日が明日どっか遊びに行かねーかって。」 「なんや、水臭いなぁ。それだったら俺も誘ってや。」 忍足が岳人をつつく。 開け放されたドアのほうをちらりと見て、岳人がぶぅっと頬を膨らませた。 「だってこの前侑士と買い物行ったらさー、すぐはぐれてどっかでナンパしてるし人が靴選んでる間に店員のおねーさん口説…もがもがもがっ…」 「はいはい岳っくん、その話はまた今度な。」 隣の部屋ではプロジェクターに映し出された世界大会のビデオにジローが歓声を上げ、その横では樺地に変わってレギュラー入りした日吉が跡部の書く日誌を覗き込んでいる。 聞こえてへんかったかな、と小さく呟いて、忍足が辺りを見回した。 「景ちゃんも行くやろ?明日。」 「あん?」 日誌に目を落としたまま、跡部が不機嫌そうな声を上げる。 忍足に名前で呼ばれることが、いまだに気に入らないらしい。 「賑やかなほうがええやん。日吉も行くよな。」 「……そうします」 「…!んぐ…!!」 岳人が何か言いたがっているようだが、相変わらず口が塞がれたままなのでモゴモゴとしか聞こえない。 「せや、遊園地行こ。これだけ人数おったら楽しいで。なぁジロー?」 「んー?明日は先約アリでさー。」 「なんや…あぁ、滝か?残念やな。」 「えへへ〜」 「…ぶはっ!…死ぬかと……っ」 口を塞ぐ手を何とか引き剥がし、岳人が大きく息をついた。 「何で侑士が話進めてるんだよ!」 「ん?どうせ誘うつもりやったろ?」 「そうだけど!…ったく…」 思いがけず大人数になってきた岳人の計画に、横で見ていた宍戸はふっと笑みを漏らす。 「で、宍戸はどーする?」 「行こうやー、遊園地♪」 再び自分に向けられた問いに、今度は素直に頷いた。 「別に。いーぜ、行っても。」 長太郎が口を開くより先に、忍足が笑みを含んだ視線を向ける。 「となれば…鳳もやな。」 「も…もちろんです!宍戸さんが行くなら!」 「お前なぁ…」 背の高い後輩を、片眉を上げて見上げる。 言うと思ったぜ、と笑った岳人が、相変わらず隣の部屋で日誌を書く跡部のほうを向いた。 「じゃー明日、8時集合な!」 「早ッ…せっかくの休みなんやから寝坊させろよ…」 「おい、俺はまだ行くと…」 「まーまー、滅多にないことやし。」 「…もっと早くてもかまいませんが。」 口々に勝手なことを言いながら、帰り支度を始める。 「さてと…俺も帰るか…」 宍戸はふと、さっきから黙ったままの長太郎を見た。 いつもならここで、「じゃぁ俺も一緒に!」とかなんとか、結局一緒に帰ることになるのだが… 「長太郎?」 「…。」 何かを考え込んでいた様子の長太郎が顔を上げる。 さすがに皆の前で「一緒に帰るか?」とは言い出しにくく、 「……じゃ、また明日な。」 「はい。お疲れ様です。」 何となくスッキリしない気持ちを抱えたまま、久しぶりに一人で帰った宍戸だった。 次へ |
「ハニー☆ハニー☆ハニー」は一応カップリング本でしたが、 うちのサークルの方向性がどうにも「友達以上恋人未満」な感じなので、 今回も恋愛と友情の間で右往左往してるようなストーリーとなりました。 しかもカップリング×3って詰め込みすぎだよ!という声が聞こえてきそうです(汗) 鳳宍+忍跡+日岳です。もう人類総ホモ状態な私の脳ミソが悪いんですきっと。 欲張ってますが、少しでもお楽しみいただければ幸い。 |